
「『論理エンジン』による智力開発の実践」11
コミュニケーションには「論理」が必要
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③ 感覚レベルの日本語を多用する人の、典型的言語現象、それは「 」
ここには「絵文字」を私は入れています。絵文字自体は別に悪くありません。ただこれは、非常に限られたカテゴリーの中でしか通用しない。それが問題です。生徒たちは、いずれ社会に出ていかなくてはいけません。それを考えると、狭いカテゴリーの中でしかコミュニケーションが取れないような人間を、はたして社会に出していいのか、という問題が出てきます。このように、現代文の指導を通じて社会性を考えさせる、という観点からも「論理」は重要になってきます。
出口先生は「筋道立った考え方」と論理を定義されていらっしゃいますが、私は論理的であるというのは「わかりやすい」ということだと考えています。要するに、他の人にもちゃんとわかるということです。
「論理的だ」と言うと、何となく堅苦しいといったマイナスイメージがあるのですが、「論理的に話せる」というのは「すごくわかりやすい」ということなのです。
授業が分かりやすい先生、話を聞いていてなるほどな、と思える先生は、授業を論理的に構成していてくれる先生です。分かりにくいな、と感じてしまう先生は、授業を感覚的に構成している先生です。
感覚と言うのは共有できませんが、論理は共有できます。だから、「論理的であるということは分かりやすいんだよ」というようなことを話します。様々な社会の中できちんとお互いに分かりやすい言葉、論理で話し合えるそのスキルを身につけさせたい、こんなことも『論理エンジン』導入の一つの目的になっています。
保護者向けのそのレジュメでは、次にソーシャルスキルのお話を差し上げています。
最近は早稲田大学でも「便食」する生徒が増えてきたという話を聞きます。「便食」というのは、便所の個室にこもって昼食をとる学生のことだそうです。
最近の大学生不登校率は、大学によって違いますが、20%~30%と言われています。早稲田大学のように、学生数が5万人いる中で感じる孤独は、10人の中の孤独よりも遥かに孤独らしいですね。
最初は「早稲田に受かったぞー」、と心も軽やかに大学に行きます。そして、ガイダンス期間が終わって食堂に行く。すると、食堂には様々なグループがいますが、その中に入って行けないんですね。食堂にいても居場所がないので、その学生は次にどうするかというと、空き教室を探してそこで飯を食べる。ところが空き教室にもいろいろな人が出入りするので、そうするとそこにも居られなくなってしまう。
最終的にどこにいくかというと、トイレの個室で弁当を食べる、というような状態になります。これはもう完全にニートへの道ですね。そして、そのまま学校に来なくなってしまうケースが最近すごく多いらしい。
様々な社会の中に、人間はどうしても飛び込んでいかなくてはなりません。その時に、「感覚的な言葉しか使えない」であるとか、「自分にとって居心地のいい集団にしかいられない」子は、適切なコミュニケーションを形成できないのですね。
社会に出れば居心地の悪い集団の中にいることの方が圧倒的に多いわけですから、居心地の悪い集団を居心地良くしていくためには、まずはこの「論理が使える」ということが重要。こんな話も子どもたちには伝授します。

様々な場面で、「高1、あるいは高2の君たちに、なぜ小4が解くような問題をやらせているのかというと、国語力を高めたいからじゃない。いま君たちは教科書をやりたいかもしれないし、あるいは入試問題演習をやりたいかもしれない。けれども、今の時期だからこそできるもっとベースになることを今やろうよ」、「センター試験の過去問は、高2の冬期講習から取り組むから安心していいよ。でも高2の冬期講習になって、じゃあ「論理って何?」というところから始めたら、君たちのOSを高校時代に鍛え終わることはできないんだ。だから高1からやるんだよ」という話をします。
「子どもたちの意識改革」を『論理エンジン』ではメインにしています。

