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開智高等学校 加藤克巳先生 特別講演リアルレポート
「『論理エンジン』による智力開発の実践」7

本文をいかにメモリに強烈に残すか

すると、現代文の指導でポイントとなる1つ目は、本文の内容をいかにメモリの上に強烈に残せるか、ということになります。

パソコンの場合はマウスやキーボードといったデバイスを使います。でも我々人間は、試験会場でマウスやキーボードを使うわけではありません。我々が使うデバイスは、目と手です。本当は耳と口も使いたいのですが、試験の時に使うとつまみ出されてしまうので、やむを得ず目と手だけを使うのですね。

そして、この目と手を使ってメモリに強烈に情報を載せるためには、「どういうマークをつけるか」ということが重要になってくるわけです。

我々も、例えば評論問題に取り組ませる時に、「いいか、大事な所に線を引きながら読んでいかなきゃいかんぞ」、という指示をしてしまいがちです。しかし、これは国語が出来ない子にとっては限りなくハードルが高い。大事な所がわからないから国語・現代文が苦手なのに、そういう子に対して「大事な所に線を引けよ」、という指示を出してしまうと、子どもたちはその時点で読む気を無くしてしまいます。

では、文章中の重要箇所に線を引けない子は、いつまでたっても国語・現代文が出来るようにならないのか、と言うとそうではありません。内容から攻められないのであれば、論理から攻めればよいのです。しかし、「論理から攻めるんだよ」と言うと、大抵の子どもたちは「え~っ」という顔をします。何となく「内容」のほうが易しくて、「論理」と言われると難しい感じがするようです。

しかし、日本語の論理は5つ程度しかありません。その中でも入試に使う論理は3つと言われています。この3つの論理をきちんと自分で見つけられれば良いわけです。

一番易しいので言えば、逆接の「しかし」ですね。「AしかしB」であれば、必ずBの方が大事に決まっています。日本語の論理がそういうルールになっているからです。

例えば、「昨日雨が降りました。しかし今日の体育祭は行います」という用件を、仮に連絡網で回す時、「昨日雨が降ったね、じゃあ」で電話を切ってしまう人はいないわけです。しかし、「昨日雨が降りました」を言わなくても、「今日の体育祭はやる、じゃあね」で電話を切るのは構わないのです。

このように「AしかしB」という文章があった時に、「B」に線が引ける子というのは全体の内容が読めている子です。そして、そこに線が引けない子たちには、「ここ(B)に線を引きなさい」と発問するのではなくて、「ここ(B)に線が引けなくてもいいんだよ。でも逆接の言葉はわかるでしょ。だから逆接にマークすることによって、ここ(B)が強烈に印象づくんだよ」と教える。

そうやって「因果関係」「イコールの関係」「逆接の関係」の3つの使い方を徹底的に教えるわけです。これによってメモリに強烈に情報を載せるのです。これだけで現代文は少しできるようになります。

その次はOSですね。未だにWindows98を載せて高校に入ってくる生徒がいます。こういう子は、ちょっと難しい問題をやらせると、カーソルが砂時計になってしまいます。そういう子のOSをバージョンアップさせることなく、どれだけ問題演習を繰り返しても、成績は安定しません。テクニックばかりやっていても、OSが鍛えられていないとセンターの国語さえ対応ができないのです。話はそれますが、私は数ある入試問題の中でも、センターの現代文はとても良い問題だと考えています。難易度についても決して易しくない。センターの国語が解ければ、あとは記述力を養成すれば東大の問題にも対応できるとさえ考えている程です。

さて、だから問題演習と同時に、やはりOSを鍛えていかなくてはならないのです。テクニック的なことは短時間でも身につけられますが、OSの強化には時間がかかります。それで本校の場合は高1から『論理エンジン』を導入しているのです。

レジュメの①番の※にあるように、

※『論理エンジン』は受験国語力を手っ取り早く上げるための、ウマい方法が書かれている魔法の教材ではない。そもそも国語という学問構造を考えれば、そのような教材など存在し得ないことはわかるはず。国語(=日本語)を使って思考する日本人が、言語によって表現された世界をすっきりと理解し、その理解に基づき、構造的に思考し、その過程や結果をわかりやすく表現するためのツールを習得するための教材である。

『論理エンジン』は受験国語力を手っ取り早くあげるためのうまい教材ではありませんよ、ということです。そんなものはないのです。

教科書を使わずにどう考査するか

② 教科書は『論理エンジン』をはじめとする様々な教材群の中の1つに過ぎません。主教材として前提していません。1・2年次においては『論理エンジン』が主教材です。

→定期考査において、「授業で習ったことをどれだけ覚えたか」といった「暗記力」を検査するつもりはまったくありません。考査はすべて「初見」の文章によって出題し、授業で学んだ論理的読解・表現スキルの実践力を測定します。さらにいえば、「次に教えることについてのレディネスの確認」といった観点で作成することも多くあります。

→特に1年次での現代文の指導は、いわゆる「国語」の指導のイメージとはまったく異なっていると思います。「論理学」といえるほどの内容ではありませんが、授業の指導テーマを「言語・認識・コミュニケーション」とし、それに沿った内容で指導しています。

それから②番です。教科書は、『論理エンジン』をはじめとする様々な副教材の中の一つです。『論理エンジン』の習得にはどうしても時間がかかりますので、高1では教科書をやるより、こちらを学習する方がはるかに良いと考えています。そのため教科書は使っていません。

「現代文の試験では、暗記力のテストをしても仕方がない」というのが私の信念です。だから、漢字は小テストでやるべきであり、わざわざ考査で出題する項目ではないと個人的には考えています。

また例えば、『羅生門』を授業で教えた場合、「授業でやったことをどれだけ覚えているかテストします」というやり方は、現代文にはなじまないと思っています。これは、授業で『羅生門』を教えるなということではなく、授業で『羅生門』を扱った場合は、別の小説教材を使って、学習したことがどれだけ実践できるかを考査すべきだと考えているということです。そして実際、そういう考査をするようにしています。

高1の1学期の時点では、論理の授業しかしていませんので、そのスキルを実際に活用できるようになっているかを確認する考査を実施しています。

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